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心理学ワールド 92号 こころの測り方 ミリ波レーダによる非接触計測 阪本 卓也(京都大学) | 日本心理学会

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Academic year: 2021

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こころの

測り方

 不安やイライラを感じたり夜眠 れなかったりして困ったことはな いでしょうか。自律神経失調症は 様々な身体症状に加え,不安感・ 焦燥感・不眠などを伴うこともあ る病態の総称です。自律神経系は 交感神経系と副交感神経系よりな り,身体が正常に機能するために は双方のバランスが重要だといわ れています。交感神経系は活動中 や緊張・ストレスを感じたとき に優位になり,副交感神経系は休 息・就寝・リラックスしていると きに優位になります。交感神経系 は闘争・逃走などの生存に必要な 機能を助けてくれているのです が,闘争などが必要とされない平 和な社会では,交感神経系の過度 の活性化はむしろ身体への負担が 大きく,さまざまな疾患の原因に なるといわれています。 自律神経と心拍数変動  心拍数も自律神経系により制 御されており,大まかには交感神 経系により心拍数が上がり,副交 感神経系により心拍数が下がる ことにより心拍数が変化してい ます。これに加えて,実際には心 拍数は常に変動していることが 知られ,心拍数変動(HRV: Heart Rate Variability)と呼ばれてい ます。HRVは広くヘルスケアや 医療の分野で使われています。心 拍数の代わりに,以下では心拍間 隔(IBI: Inter–Beat Interval) を 考えますが,これはいわゆるR–R 間隔とほぼ等価で,心拍数の逆数 に比例する値ですので,互いに換 算可能です。  IBIの 時 間 変 動 を 見 る た め に は周波数スペクトルが使われま す。スペクトルのうち,0.04 Hz から0.15 Hzに対応する低周波成 分(LF: Low Frequency)と0.15 Hzから0.4 Hzに対応する高周波 成 分(HF: High Frequency) に 分けて考えます。ただし,周波数 帯には異なる定義もあります。交 感神経系は主にLFに,副交感神 経系はLFとHFの両方に影響を 及ぼすといわれています。そのた め,LFとHFの 比 で あ るLF/HF は自律神経の指標となり,自律神 経系のバランスを調べるのに使わ れます。このLF/HFによる自律 神経計測の長所は何といっても 測定の手軽さです。たとえば,心 電 計(ECG: Electrocardiograph) や 血 液 量 の 変 化 を 光 で 計 測 す る 光 電 式 脈 波 セ ン サ(PPG: Photoplethysmography) な ど の センサを皮膚に装着して非侵襲か つ簡単に計測できるため,ヘルス ケア用途にぴったりといえます。  LF/HFの応用例の一つとして 睡眠のモニタリングがあります。 深い眠りでは交感神経の活動が 低下してLF/HFが小さくなるた め,精神障害の観察に有用である との報告があります。また,外 傷後に心的外傷後ストレス障害 (PTSD: Post–Traumatic Stress Disorder)を発症したグループで はREM(Rapid Eye Movement) 睡眠中にLF/HFが高くなること が報告されており,こうした外傷 後のケアにも役立つと思われま す。 さ ら に,LF/HFを 使 っ た 自 律神経系の障害の検出や感情の推 定技術についての研究報告もあ り,多くの応用可能性と簡易計測 を両立したLF/HFは実用的かつ 重要な指標といえます。 レーダによる非接触心拍計測  スマートウォッチのようなウェ アラブルデバイスの多くは接触型 のPPGによる心拍計測が可能で すが,装着の不快感や皮膚のかぶ れなどの欠点により長期間の使用 には適しません。長期間にわたっ て連続して計測するためには非接 触計測が最適です。PPGと同様 の原理を用いたビデオ撮影による 非接触の心拍計測も知られていま すが,高輝度の照明を要し,低照 度では精度低下がみられ,さらに 測定部位の皮膚を露出させる必要 があるなど,非接触ではあるもの の簡便ではありませんでした。  そこで,電波計測,特にレーダ を使った非接触心拍計測に注目が 集まっています。レーダによる心 拍計測では,照明環境に影響され ず,着衣のまま,センサ等を一切 身に着けることなく,非接触かつ 非拘束で対象者の心拍を測定する ことができます。さらに,場合に よっては対象者が意識することな く,日常生活の中で自然に計測す ることも可能であり,センサ装着

ミリ波レーダによる

非接触計測

京都大学大学院工学研究科 准教授

阪本卓也

(さかもと たくや) 図 1 非接触での心拍測定の様子 小型装置(15 ㎝四方)にミリ波 アレーレーダや信号処理部などを 搭載。レーダーから 10 ㎝程度の 距離までの複数の対象者を同時に 測定できる。

(2)

35 が対象者に与える心理的な影響も 排除できると期待できます。  さて,心拍をどうやって電波で 測るのでしょうか。心臓の拍動に 伴い,動脈に沿った弾性波である 脈波が伝搬することが知られてい ます。それに伴って皮膚表面には 微小な動きが見られます。脈波に より生じる皮膚変位は個人差も 大きく,同じ人でも時間や部位に よって変位量は大きく異なりま す。典型値としては最大でも100 ミクロン(0.1ミリメートル)程 度の小さな動きであることが一般 的で,肉眼ではほとんど見えませ ん。マイクロ波帯やミリ波帯の電 波が人体に照射されると,衣服を 透過するため,着衣の状態であっ ても皮膚表面にまで到達します。 こうした周波数帯では体内への透 過や吸収は小さく,ほとんどが皮 膚で反射されます。レーダはこの 反射波を受信し,解析して様々な 情報を取り出します。人体が動い ている場合には,この反射波には ドップラー効果による周波数偏移 が生じます。対象者が静止してい るつもりであっても,呼吸や脈波 により皮膚はわずかながら動いて いるため,小さなドップラー偏移 が見られ,そこから心拍について の情報を得ることができるわけで す。 超広帯域ミリ波アレーレーダ  私たちは超広帯域ミリ波アレー レーダによる心拍計測技術を開 発してきました。広い帯域幅を 有する超広帯域信号を用いること で,アンテナからの距離が異なる 複数の反射波を分離して解析でき ます。さらに,複数のアンテナか らなるアレーレーダを用いること で,到来角が異なる複数の反射波 を分離して解析することもできま す。このように,距離と角度の両 方を使い,特定の位置の対象者に 狙いを定めて測定できます。対象 者からの反射波を観察すると,体 表面の運動によって生じるドップ ラー効果により,位相回転が見ら れます。位相回転量は周波数に比 例するため,マイクロ波よりも高 い周波数を持つミリ波を用いて測 定精度を向上させることができま す。この位相の変化から体動や呼 吸に起因する成分を除去し,脈波 成分のみを取り出します。脈波 波形の特徴点を使ってIBIを算出 し,IBI時系列のフーリエ変換や 最大エントロピー法などによりス ペクトルを得てLFとHFの各成 分の強度を算出し,最後に自律神 経系の活動を反映するLF/HFを 得ることができます。このよう に,超広帯域ミリ波アレーレーダ を用いることで,複数の対象者が いる場面でもLF/HFを非接触計 測できるようになりました。 レーダによる心拍計測の 課題と将来  注目されるレーダ非接触心拍計 測は非常に有望ですが,欠点も明 らかになってきました。まず,対 象者の体型によっては脈波による 変位が皮膚表面にまで伝わらず, 検出が難しい場合があります。 また,同じ対象者であっても,位 置・体勢によっては電波の反射部 位が変化し,やはり検出が難しい 場合があります。対象者が意識的 に運動している場合には,微小な 皮膚変位の検出はさらに困難にな ります。このように,レーダによ る非接触心拍計測では精度が時間 的に変化するため,従来の接触型 センサとは異なる使い方が求めら れます。  測定精度が時間とともに変化す る性質は,LF/HFの計測を困難 にします。自律神経の活動を反 映するLF/HFのうち,LF帯の低 域遮断周波数は0.04 Hzであるた め,時間に換算すると25秒になり ます。そのため,少なくとも25秒 間の連続した心拍計測ができない とLF成分の正確な算出ができま せん。しかし,レーダで測定され た心拍数の精度は不明ですので, どの時間のデータを使えば正しく LF/HFが計算できるのかが分か りません。そこで,私たちは精度 低下による見かけの心拍数変動と 生理的な心拍数変動を識別するた めの信号処理法を開発し,心拍推 定データのうち高精度な区間を自 動抽出することに成功しました。 この手法により,時間的に精度が 変動するレーダの信号から正し くLF/HFを算出できることを実 験により示しました。今後,レー ダによる人体計測技術の発展によ り,自律神経系の非接触計測が私 たちの身近で使われるようになる でしょう。 文 献

Ako, M., et al. (2004). Correlation between electroencephalography and heart rate variability during sleep. Psychiatry and Clinical Neurosciences, 57, 59–65.

Mellman, T. A. et al. (2004). Heart rate variability during sleep and the early development of posttraumatic stress disorder. Biological Psychiatry, 55(9), 953– 956.

日本自律神経学会(編) (2015) 『自律 神経機能検査 第5版』文光堂 Sakamoto, T. & Yamashita, K.

(2020). Noncontact measurement of autonomic nervous system activities based on heart rate variability using ultra–wideband array radar. IEEE Journal of Electromagnetics. RF and Microwaves in Medicine and Biology, 4(3), 208–215. Profi le — 阪本卓也 2005年京都大学大学院情報学研 究科博士課程修了。京都大学博 士(情報学)。2019年より現職。 専門は電波工学と計測工学。

参照

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